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江戸時代に勧進相撲が興った初期の頃、廻しは無地の麻布であったが、やがて緞子を使うようになり、さらに生地の先端を前に垂らし、模様を施すようになる。「相撲取 並ぶや秋の 唐錦」と、蕉門の俳人、服部嵐雪が詠んだ元禄期(1688〜1704)の力士たちは、緞子に花鳥などの刺繍を施した華麗な廻しをつけたまま闘った。だがこの廻しは激しい取組には不向きで、18世紀後半には、「化粧廻し」と取組のための「取り廻し」とに分けられ、以降、化粧廻しは土俵入り専用となった。 |
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力士の「大銀杏」は相撲の伝統的な様式美のひとつで、土俵入りなどの公式の席に出場するときの髪型である。髷を元結いで結んだ髪の先端の部分を「ハケ先」と言うが、このハケ先の形が銀杏の葉に似ているので、大銀杏の名がついた。明治の初め、近代化の波が押し寄せた時も、力士は断髪をしなかった。大銀杏は、力士の伝統美と風俗を伝承していく意味と、頭部を保護し傷害を防ぐ意味がある。十両以上の力士は、本場所では必ず大銀杏を結わなければならないが、学生出身の力士は髪が伸びるよりも出世のほうが早く、大銀杏が結えない場合もある。 |
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